2015年、僕は有給をとって10日間くらいイタリアへ旅行にいった。アマルフィ海岸の絵画的な街並みに息を呑み、坂の上のテラスから真っ青な海を見下ろしながら新鮮なアサリのヴォンゴレ・ビアンコを食べた。日本に戻り、殺風景なオフィスでひたすら原稿を書く毎日がまた始まるとしばらくなんだか虚しい気持ちでいたのを覚えている。

2016年は忙しくて旅行できなかった。だが、「Owlboy」の英語版をクリアした後、僕はやはりしばらく自分の居場所を失ったような気持ちになった。カラフルなドット絵で再現された天空の世界とそこで生活する人間味溢れるキャラクターの印象があまりにも強烈過ぎて、現実世界に対して失望感を覚えた。だが、素晴らしい旅行がそうであるように、「Owlboy」もまた何度も再訪するようなゲームではなく、一周目を重宝すべきだ。

Owlboy

「Owlboy」は5月24日からついに日本語対応となった。初めてその冒険を体験できる日本人ユーザーが羨ましい。刺激に満ちたフクロウ少年の約10時間の旅路の1秒1秒を満喫して、その世界にどっぷりとつかってほしい。

厳しい師弟関係から始まるオータスの冒険

天空に島が浮かぶ設定はそれだけでも興味深いが、発展しすぎて滅亡したフクロウの古代文明の存在がミステリアスな雰囲気を付け加えている。神秘的な遺跡がマップに点在しており、色鮮やかなドット絵の青空や空中都市と見事なコントラストを描いている。

おまえには何度も何度も失望させられた。

この重厚な世界設定はあくまで土台であり、繊細なストーリーに説得力を与えるために存在している。ストーリードリブンな作品であることはすぐにわかる。プレイヤーはオータスというフクロウ少年を操作し、シームレスなチュートリアルで師匠アシオの指示に従わなければならない。ところが、厳しい師匠の前で緊張していることもあって、オータスは失敗を繰り返してアシオをがっかりさせてしまう。

「オータス、おまえには何度も何度も失望させられた」とアシオの重い声が響く。

Owlboy

ゲームの序盤で厳しい師弟関係が描かれていくわけだが、その演出も素晴らしい。壮大な音楽が静かに始まり、霧に包まれた天空の島の上で向かい合う師と弟子がいる。アシオはオータスを見下ろしながら話し、対するオータスは不安そうな表情で指をいじりながら聞いている。細かい表情や仕草のアニメーション、セリフと合わせてリズムの変わる効果音、シチュエーションにマッチしたBGM、そしてなんといってもその世界観を完成させる超一流のドット絵。これは久しぶりにいいゲームと出くわしたとすぐに直感するはずだ。

なるほど開発に10年近くかかるわけだ。

ディテールの行き届いた作りと全体的なクオリティの高さが最後まで維持されている点にも触れなければならない。雪国からジャングルまであり、ドット絵と音楽がそれぞれの景色を見事に描いているのはもちろん、モーションの芸の細かさや効果音まで、絶対的なこだわりが窺える。なるほど開発に10年近くかかるわけだと納得しないわけにはいかない。

「Owlboy」の王道なストーリーを小説や映画にすれば、たぶんそれほど面白いものにはならないと思う。だが、ゲームらしい演出のおかげで、友情や成長といったテーマがそこまで深く掘り下げられていなくても感動する。1つ大きな特徴はオータスが言葉を話せないフクロウであることだ。日本のゲームにおいても主人公が話さないことは多いが、オータスは話さないのではなく話すことができないのだ。そのことでいじめられたり、逆に人に庇ってもらったりするので興味深い設定といえる。

Owlboy

可愛らしいキャラクターや夢を感じるグラフィックとは裏腹に、「Owlboy」のストーリーはダークな一面も持つ。大きな空中都市が海賊の奇襲に遭ったり、大事な人が命を落としたりし、涙を誘う場面もある。だが、「Owlboy」は弱い人同士が力を合わせてそんな物事を乗り越える物語でもある。少し王道すぎる気もするが、適度なひねりもあるので十分に楽しめるだろう。

圧倒的なバラエティとクリエイティビティ

フクロウであるだけに、オータスは自由自在に空を上下左右に飛べる。歩いているときも飛んでいるときもスピン攻撃・ロールができる。ロールすると3Dゼルダの前転のように加速するので、急いでいるときはひたすらロールしながら進むことになるだろう。横スクロールではあるが、プラットフォームアクションは少なく、どちらかといえば探索に焦点が当てられている。とはいえ、メトロイドヴァニアかと言われるとそうでもない気がする。なぜなら探索重視でありながら基本的に一本道だからだ。これを聞いてがっかりする人もいるかもしれないが、僕に言わせれば「Owlboy」のやろうとしていることに適したデザインになっている。リニアにすることで容易にストーリーに焦点を当てることができ、ルートを1つに限定することで丁寧に作り込むことができる。

空中メタルスラッグ。

オータスは物語の序盤でゲディという少年を仲間にする。ゲディはピストルを持っており、足からぶら下げるとシューティングしてくれる。照準・発射はプレイヤーが自ら行い、物語を進めていくと様々なタイプの敵が出現するだけでなく、ゲディ以外の仲間もできる。開発者は「メタルスラッグ」に対して特に思い入れがないらしいが、僕はプレイしていると空中メタルスラッグをしている気分になった。

Owlboy

一時的に一緒に行動するキャラクターを除いて、最終的には3人の仲間ができる。彼らの銃はそれぞれ性能が異なる。ゲディのオーソドックスなブラスター銃はこれといった特殊効果がないが、連続攻撃が早い。優しい元海賊のアルフォンスのショットガンの威力は計り知れず、周囲のオブジェクトを燃やせる。だが、一度弾を放つと次に発射ができるようになるまでクールダウンが必要となる。トィグはクモのスーツに身を包み、糸玉で敵の足を止めることができる。また、フックショットに似た効果もあり、壁などをつかんで移動できるのも便利だ。

3人の効果をうまく使い分けてゲームを攻略することが味噌で、ワンボタンで足からぶらさげる仲間を変更できる。難しいステージでは瞬時に切り替えて、巧いショットを決めると実に気持ちがいい。

Owlboy
人の数だけドラマがある。

物語が進行する上で、オータスだけでなく、3人の仲間の成長も描かれていく。どのキャラクターも独特な設定になっており、彼らの波乱万丈な人生が架空の天空文明にリアリティをもたらしている。人の数だけドラマがある。そんな錯覚を与えてくれる。

シューティングアクションは本作のゲームプレイの一部に過ぎない。「Owlboy」は1つの遊びが飽きる前に新しいものを導入するという任天堂のゲームによく見られるゲームデザインを採用しており、コンパクトなゲームに様々な遊びが盛り込まれている。敵に見つからないようにステルスして進んでいるかと思うと次の瞬間にはダンジョンでの謎解きが始まる。巨大なボスと戦っているうちに今度はレースのようなシークエンスに移行する。難易度が徐々に上がるバランスも見事で、終盤はゲーム慣れしている人も手応えを感じるだろう。とはいえ、「Owlboy」は死にゲーでは決してないし、ゲームオーバーになっても近くのチェックポイントからやりなおせるので、基本的にはストレスフリーで、リラックスしてその世界観を楽しめる。

趣向を凝らした謎解きも秀逸だ。例えばフクロウ寺院には雲にまつわるパズルがある。オータスは雲から雨をしぼったり、雲を手に持って移動したりする。こういうクリエイティブな発想は「ゼルダの伝説」を彷彿とさせ、現実世界では明らかに不可能なのになぜか説得力がある。

「Owlboy」の唯一の大きなミス。

「Owlboy」の一番のやりこみ要素はコイン集めだ。コインでは仲間たちの銃の射程距離を伸ばしたり、威力が増す強化アイテムを購入できる。

コインは空に浮かぶ輪をくぐったり、または宝箱を開けたりして入手し、全部で2800ある。全部集めたい人はマップを隅から隅まで探さなければならない。隠れた通路があっちこっちにあるので、とにかくありとあらゆる壁や天井にオータスをぶつけてみることをオススメする。だが、コイン集めを始めると「Owlboy」の唯一の大きなミスに気が付き始めるだろう。ごく一部の場所を除き、基本的にテレポート機能がない。メインストーリーを攻略するだけならさほど気にならないが、すべてのコインや隠し要素を探したい人は何度も同じ道を進まなければならない。特に一部迷路になっている場所があり、ここで迷子になるとあきらめたくなる。僕が9枚のコインを残してしまったのもこれが原因だ。

日本語ローカライズにも賛辞を送りたい。誤字脱字が見当たらないだけでなく、キャラクターの個性がちゃんとセリフから滲み出ている。唯一少し残念に思ったのは”pirate”が「海賊」と訳されていた点だ。「Owlboy」は空の上が舞台だ。ここはドリームキャストの名作RPG「エターナルアルカディア」に学んで、海賊ならぬ空賊にしてほしかった。

「Owlboy」は横スクロールというジャンルを進化させるゲームではないが、タイムレスな傑作であることは間違いない。一流のドット絵職人も驚きの2Dグラフィック、バリエーションに富んだゲームプレイ、重厚な世界観と愛せるキャラクターたち。長い冒険ではないけれど、最後までとても丁寧に作り込まれている。あなたもフクロウ少年として翼を広げて旅立つときがきた。