2064年12月20日、ネオ・サンフランシスコ。あなたは自分の魂を一文字ずつ文章にし、雑誌に売り渡しながら細々と生活をしている、フリーランスのジャーナリストだ。あなたはその日のたいくつな仕事を終え、眠りに尽く。翌朝目覚めると、見慣れない物体があなたの部屋にいる。青い球体ディスプレイの頭部をもち、身体は金属でできていて、背丈は小学生くらい。生きて、かちゃかちゃと動いている。おまえは誰だ、とあなたは聞く。すると彼は答える、自分はチューリングという名前のROMで、おそらく世界ではじめての、自立して思考する人工知能――サピエントマシーンであると。

あなたとチューリングは失踪したヘイデンの消息をもとめて、近未来のネオ・サンフランシスコを駆け回る

あなたはさらに経緯を聞く。するとチューリングは、声変わりをしていない少年のような声で答える。私を制作したパララックス社の研究員、ヘイデンが、何者かによって襲われた。自分はみずからの意思で逃げ、ここにやってきた。ヘイデンの友人のリストからあなたを選んだのは、あなたがもっとも信用に足る人物だと、私が判断したからだ。

こうなったら、じっとしてはいられない。あなたはチューリングの存在について半信半疑になりつつも、とにかく旧友であるヘイデンのアパートに向かう。ロックを破壊されたドアを開けて室内に入ると、もぬけの殻である。ここから、あなたとチューリングは失踪したヘイデンの消息をもとめて、近未来のネオ・サンフランシスコを駆け回ることになる。

現代版「オホーツクに消ゆ」

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ゲームシステムについてひとことで言えば、現代のプレイヤーのために緻密にアップデートされた「オホーツクに消ゆ」だ。あなたは失踪したヘイデンの消息をもとめ、街のさまざまなところで人々に聞き込みを行う。インターフェイスは下部にテキストボックス、右上部に主人公の一人称視点から見た街の風景、左上部にメニューという構成で、固定的である。プレイヤーはマウスないしはキーボードを用いて、街の風景のなかから興味を引く対象を選び、その対象に「見る」「触る」「話しかける」「アイテムを使う」のコマンドを選択する。

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もちろん原典へのリファレンスも用意されている。

ADV的な謎解きもいちおう用意されているのだが、そこまで難しいものではなく、どちらかといえばノベル・ゲームのスパイス

このインターフェイスはなかなかの出来だ。現代において、たとえば「オホーツクに消ゆ」の時代の作品をプレイすることで感じられるであろう、さまざまな冗長性や不便さをみごとに解消している。たとえば、遠景に描かれたオブジェクトを選択するとき、その行動の選択肢からは、すでに「触る」「話しかける」「アイテムを使う」といったコマンドが省かれている。また、キーボードの方向キーを用いてオブジェクトを選択することができるため、ポイント&クリックにありがちな、どれがインタラクティブなオブジェクトなのかわからないといった状況もまったく起こらない。

これはストーリーの構造とも関わってくる部分なのだが、物語の本筋の進行は基本的に人物や注意を惹くオブジェクトに紐づけられているので、「詰まる」ということもほとんどない。ADV的な謎解きもいちおう用意されているのだが、そこまで難しいものではなく、どちらかといえばノベル・ゲームのスパイスとして用意されたシステムと言えるだろう。

未来のサンフランシスコ

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ゲームの舞台は、明確にわれわれの現実に存在するサンフランシスコの未来の姿だ。作中に登場するさまざまな通りの名前や、ゴールデン・ゲート公園といった地理的な環境が、そのことをプレイヤーに物語る。しかしながら、我々が見知った2017年現在のサンフランシスコから50年近くが経過した都市の姿には、驚くような技術的革新が表れてきている。この設定は、リストアップするだけでも、往年のSFファンの食指を十分にそそるものだ。たとえば、

・自立して労働を行うロボット、「ROM」の存在。
・遺伝子操作による難病治療/美容整形。
・人体の部分的機械化。

……などなど。

しかし、これらの技術革新は、開発にともなってさまざまな新しい社会問題を生み出した。この描写は、本作の世界観の重厚さを感じさせるものだ。たとえば「遺伝子操作による難病治療」は、本作に登場するひとりのキャラクターの皮膚癌を完全に治療した。しかしそのキャラクターは、治療にともなって皮膚の遺伝子コードを書き換えられたため、(ここがポイントだが)「本人の意思とは関係なく」猫のような体毛を獲得するに至った。似たようなケースは数多くあり、結果としてネオ・サンフランシスコには、外見のみ半人半獣の人々が闊歩することになった。彼らは自らを「ハイブリッド」と呼称し、独自のコミュニティを形成するまでに至っている。

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さらには、この状況を快く思わない社会団体も登場する。彼らは自らを「ヒューマン・レボリューション」と名乗り、遺伝子書き換え技術の厳正なコントロールを社会に求める集団だ。しかし、彼らさえも単純な悪、ひっきりなしに「ハイブリッド」の人々への差別を行うような団体ではない。難病治療のための遺伝子書き換えさえも容認しない過激派も存在するが、作中に登場するこの団体のリーダーは穏健派で、美容整形といった目的のために神の法に背くことだけが問題なのだと語る。

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しかし、このリーダーの論法にはやはり問題がある。難病治療のために遺伝子書き換えを行った者と、美容整形のために遺伝子書き換えを行った者とは、外見からは区別できない。よって、もしも一方を批難する世論を作り出せば、もう一方も不可避的に批難されることになる。その状況は、彼の発言に反して、やはり差別を生み出すだけだ。

本作が、ポリティカル・コレクトネスが声高く叫ばれる人種のるつぼ、北アメリカの若者たちによって物されたことも深く頷ける

本作のメインシナリオはこれらの社会問題を直接的に解決するタイプの筋書きではないのだが、しかし人間機械化などの問題と複雑に絡み合って、豊穣な世界観を形成していると断言できる。そしてまた、ここで扱われているのは明確に差別の問題であって、本作が、ポリティカル・コレクトネスが声高く叫ばれる人種のるつぼ、北アメリカの若者たちによって物されたことも深く頷ける。ここに世界観を共有する南米ベネズエラ産の名作「VA-11 Hall-A」との視点の違いを筆者は強く感じるが、この点は措いておこう。

チューリングを好きになれるかどうか

さて、こうした様々な社会問題や、因果の解決の焦点となるのは、やはりわれらのサピエントマシーン、チューリングである。作中の2064年という時代においてさえも、人間とおなじように思考し、感情をもち、自らの意思で行動を判断する人工知能は、発明されていない。しかしチューリングは、どうやら本当に、そういった「生きている人工知能」であるらしい。だとすれば、彼の存在は世界初の快挙であって、物語の構造自体が彼にかなりの重点を置くこともうなずける。

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しかし、チューリングと出会ってはじめのうち、プレイヤーは彼との関係をどう処したものか、戸惑うことだろう。というのも、彼のパーソナリティを一言で描写すれば、ネットにアクセスしてさまざまな知識を瞬時に呼び出すことができる生ける図書館でありながら、感情面では社会性を未だ獲得するに至っていない「子供」であるからだ。

彼の発言にはどのような文法的誤りもない。文章で糊口をしのいでいる主人公が、魂を削って書く文章のように、寸分の狂いもない精緻な語り口なのだ。だけど、どこか子供っぽい。自分の感情をどう処していいのかも、人とのライブな対話も、あまりよくわかっていない。

この感じが、はじめのうち、「なんて頭でっかちなガキなんだ!」という感情を呼び起こすかもしれない。正直に告白すると、筆者自身もそう感じたし、これからずっとこいつと一緒に旧友の消息を追わねばならないのかと思ってしまったことも確かだ。

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チューリングが成長していくこの過程そのものに興味をそそられた

しかしこの印象は、彼とともに様々な人々に出会い、捜査を進めるうちに、だんだんと晴れてくる。彼が「子供」であったのは、ひとえに彼を生んだ父親であるヘイデンが、彼の身を案じて、外部の人々と交わらせなかったからだ。しかし状況が一転し、チューリングは主人公と協力しながら人々の話を聞き、父親を追うという目的を得た。そしてこの捜査を進めるうち、彼はどんどんと「人間性」や「社会性」を学習していくのだ。凄惨な離別、家族との出会い、主人公との友情などを経て、彼は名実ともに一人前の大人へと成長していくのである。筆者は個人的に、捜査の先で起こる種々のイベント自体よりも、チューリングが成長していくこの過程そのものに興味をそそられた。

主人公、翻訳、自由と制限

それでは、チューリングのメンターとして活躍する主人公自身はどうか。じつは、筆者がすこし不満を感じているのはこの部分だ。というのも彼は、まったく自らの意思で発言しないのである。つまり、プレイヤーが選択する三つか四つほどの選択肢が、すべての彼の発言なのだ。これは一見、主人公のパーソナリティをプレイヤーの思うがままに形成できる構造のように見えるかもしれない。また、主人公とプレイヤーを同一化させる効果があることもわかる。

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自由を目指したデザインでありながら、実際にはすこしばかり制限を感じられてしまう

しかしこの構造のために、主人公がこのネオ・サンフランシスコにおいて、いったいどういう人物であったのか、ついにわからないまま物語が終わってしまうのだ。これは、「Fallout 4」が抱えていた問題に近いものがある。あの作品は「Fallout 3」や「New Vegas」で採用されていた、個別のイベントにおける平均10個近い選択肢の幅をすべて4つに狭めることによって、プレイヤーによる世界への影響のあり方をかなり狭めてしまった。

これと同じようなことが、本作でも起こっている。人格がプレイヤーの手にゆだねられているにもかかわらず、主人公は、「ハイブリッド」にも「ヒューマン・レボリューション」にも、深いところまで与することができない。そのためにプレイヤーはマイノリティを演じ切ることも、差別者を演じ切ることもできないのだ。そのために、プレイヤーの意思がすべて主人公に反映される、自由を目指したデザインでありながら、実際にはすこしばかり制限を感じられてしまう。

また、日本語訳についても言及しておきたい。本作はフルボイスを搭載しているため、キャラクターの台詞はすべて声優によって読み上げられる。これは非常に贅沢で、アクティングも優れており、耳に心地よい。また、単純なテキストのみでは達成できなかったレベルで、アクセントや性格などがよく描かれている。

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後述するが、このセンテンスの前半部分のボイスは”To see if I could”だ。

ただ日本語訳は、その微妙なニュアンスをすこしばかりスポイルしているように思われる――あわてて断っておくが、翻訳自体はほぼ完璧だ。日本語の文法が成立していなかったり、意味が変わってしまっていたりといった、あきらかな誤訳はどこにも存在していない。ゲームの翻訳テキストとしてはかなり上質な部類で、その点は安心してほしい。しかし、本作の翻訳者の偉大な仕事に敬意を払いつつ、やはり指摘しておきたい。気になったのは――あまりにも翻訳テキスト自体が丁寧すぎるため、たとえばテキサス訛りのキャラクターの語りがかっちりとした標準語であったり、原文では5語のセンテンスに24文字が費やされていたりすること。つまり、文体が変わってしまっていることだ。このために、原文にあったキャラクターの多彩さをすこしばかり損失させ、またテキスト自体が原文よりも冗長なものになっている。欲張ったことを言えば、特定のキャラクターの言葉遣いをもっとくだけたものにしたり、話し言葉に変化をつけるなりして、もうすこし「冒険」してほしかった、というのが正直なところだ。

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ただ、重ねて断っておくが、ゲームの翻訳としては群を抜いて優れたものである。このテキストを見よ!

物語の焦点、チューリング

さて、メインストーリーに話を戻そう。この作品の物語が、とりもなおさずチューリングという特異な存在によってドライヴされていくことはすでに述べた。また、これが父を探し求めるチューリングの戦いであると同時に、彼自身の成長の物語であることも。そして本作のもっとも優れているところは、前述した技術革新や社会問題などの世界観を、みごとに彼の存在と絡めて物語っているところだ。未来社会においても特異な存在である人工知能チューリングが、大企業の思惑やさまざまな社会団体の議論の結節点となるのは自然なことであるし、その彼が自分の相棒であるというのは、プレイヤーをわくわくさせてくれる設定でもある。

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また、世界観を把握させる構造もうまい。主人公とチューリングが出会うキャラクターの発言がおしなべてやや説明的すぎるとはいえ、それは膨大な知識を持ちながらリアルタイムな社会を知らないチューリングに状況を教えるためであり、それにともなってプレイヤーも、この特異なネオ・サンフランシスコの社会を知っていくことになる。

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そしていくつかの社会問題が複雑に絡み合い、そこに巻き込まれた個々人の運命が展開していくにつれ、物語ははっきりとした大団円ではないものの、未来をいくらか優れたものにするであろうという希望とともに終えられるのだ。

最後にひとつ。本作は先日、日本語版がリリースされた名作「VA-11 Hall-A」と、かなり深い部分まで世界観を共有している。あの作品の世界に魅了された人々は、こちらもプレイするべきだろう。なんといっても、ティーンエイジャー時代の「BEST BOSS」に出会えたのは、あの作品のファンとして嬉しい驚きだった。