フランスの批評家ロラン・バルトの有名な箴言に「人はつねに愛するものについて語りそこなう」というものがある。これは文学や映画、音楽に当てはまるだけではなく、当然、ビデオゲームにも当てはまるだろう。本作「VA-11 Hall-A」のインタビューやプレビューなどを私は既に数多く書いているが、それらの中で本作への愛を隠していない。そのため今回のレビューはどちらかと言えば、気乗りしないものだ。自分の好きな作品をより多くの人に伝えたいという気持ちが強い反面、恋は盲目となり、筋違いの評価を他人にも押し付けてしまうからだ。

とはいえ、今回、レビューにあたってPC版でプレイし直したが、良くも悪くも本作の個性を改めて思い知った。苦しい作業とはいえ、ある種のオトシマエとしてこのタイミングとしてレビューを書くのは悪くはない。過去を精算して未来に歩み出すのが、本作のひとつのテーマである以上、発売前から(勝手に)熱狂し、プロトタイプ版やプロローグ版を英語でプレイしてきた私が、日本語版の正式な発売後にそれらの経験を踏まえた上で総括するのは悪くない。結論から言えば、本作は決して手放しで素晴らしいゲームと絶賛できるものではないが、やはり私の個人にとって特別なものであり、ある種のプレイヤーを感動させるワンアンドオンリーな作品であることは間違いない。

なお今回のレビューに関しては、ネタバレへの配慮はあまりしていない。ストーリー中心のゲームであるため、魅力を伝えるためには物語の核に触れざるを得ないし、このレビューを読む人の多くが事前情報に触れている、もしくはプレイしていると思うからだ。どうしても核心を避けたい方は、上にあげたプレビュー「あなたが『VA-11 Hall-A』に恋する7つのきっかけ!」を読んでもらいたい。

80年代後半から90年代の日本のオタクカルチャーへのリファレンスは数多い

「Cyberpunk Bartender Action」と標榜している本作。だが、実際にはテキスト主体のアドベンチャーゲームである。立ち絵に様々なUIが並ぶスタイルはビジュアルノベル以前の古いPCゲームを想起させる。実際にビジュアルスタイルもPC-98といった日本の古いPCのフォーマットを意図したものであり、80年代後半から90年代の日本のオタクカルチャーへのリファレンスは数多い。

操作自体は非常にシンプル。ポイント・アンド・クリックやテキスト入力といったメカニクスは存在せず、会話を読む以外は、カクテル作りがメインとなる。カクテルは5種類ある未来的な素材にオンザロック、熟成、ミックス、ブレンドといった製法を使い分け20種類以上のものを作成する。

VA-11 HALL-A レビュー
カクテル作りは左のレシピを見ながら行うので簡単。

基本的なゲームプレイはバーテンダーとしてお客と会話して、カクテルを提供するルーティンだけ

客からのオーダーに合わせてカクテルを作るわけだが、オーダーは具体的なものから「甘めのもの」「エレガントなもの」「ノンアルコール」といった漠然としたものまである。これらのオーダーに適切なカクテルを提供するのが、バーテンダーの主人公ジルの仕事だ。とはいっても、サイバーパンク時代のバーテンダーはお店に支給されているコンソールですべてのレシピを確認できる。カクテルも素材も「シュガーラッシュ」「アデルハイド」など架空のものばかりだが、コンソールで名前や味、種類で検索できるため、文字さえ読めれば誰でもできる仕事だ(実際にこの世界のバーテンダーには研修といった制度があるが、そこではカクテルの作り方よりも食物アレルギーなどへの対応など客の安全面の研修がメインらしい)。

以上のように基本的なゲームプレイはバーテンダーとしてお客と会話して、カクテルを提供するルーティンだけだ。お店のBGMを選ぶことから始まり、1日ごとにセーブ可能な途中休憩と帰宅を繰り返す。1日の労働が終わると提供したカクテルに応じて報酬がもらえる。ゲットしたお金はジルの狭いアパートに置く雑貨を買ったり、壁紙のカスタマイズに使ったりできるが、1週間の終わりに公共料金などの支払いのため一定額引き落とされる。お金がなくなると即ゲームオーバーになるわけではないが、仕事に集中できずオーダーを間違えたりするリスクが増えたりする。

VA-11 HALL-A レビュー
ジルの家では左の端末からネットを覗いたり、街に買い物に出かけて部屋をカスタマイズできる。

サイバーパンク世界のバーテンダーになるという体験は確かに与えてくれる

正直なところ、本作のゲームプレイのメインとなるカクテル作りの作業は単純で単調。知的なパズルやアクション要素もない。まさしく作業。レシピのUIやカクテル作りの操作もぎこちなかったり、使いづらかったり、お世辞にも良く出来ているとは言い難い(Vita版も少し試してみたが、テキストの視認性は良いが、その分、操作性がやや悪い)。カクテル作りのシミュレーションゲームとしては成功しているとはまったく言えないのだ。

そうだとして、何故、私はこのゲームに惹かれるのだろうか。確かにカクテル作りのシミュレーターとしてはお粗末な内容だ。だがサイバーパンク世界のバーテンダーになるという体験は確かに与えてくれる。結局のところ、バーとは単なる飲食店ではなく、(孤独な)人々のたまり場であり、そこでのコミュニケーションがお酒よりも重要なのだ。様々な人々が訪れ、様々な話題がある。とりとめのない会話がほとんどで、SF映画や小説のようなはっきりとしたドラマやミステリーはない。だがこの世界を体現した素晴らしいサウンドトラックの効果(本作のサウンドトラックに関しては諸手を挙げて絶賛でき、おそらく近年のゲーム音楽でも最良のものだ)も手伝って、本作には確かな実在感と人々の息遣いが感じられる。

VA-11 HALL-A レビュー
客との会話がメインコンテンツ

客との会話は自動的に進むだけで、基本となるストーリーは一本道だ。いくつかのオーダーに関しては提供するカクテルによって分岐やキャラクターごとのエンディングに通じるが、主人公であるジルのストーリーは固定であり、その他の会話のバラエティも本質的にはフレーバー程度と言って良い。

テーマの幅の広さと会話の質の高さはおそらく他のどのゲームを探しても匹敵しうるものはない

しかしながら、常連や新顔と展開される会話はネタは非常に幅が広く飽きさせない。サイバースペースとマスメディア、ポルノと自己決定、身体改造と人生の意味、ジェンダーとアイデンティティ、意識とコンピュータ、恋人と自分の将来、動物と人間の違い。未来を舞台にしたSFながらも、現代人がリアリティを持って真剣に考えることができるテーマが面白くおかしく取り上げられる。キャラクターは下品であったり、虚栄心に満ちていたり、自己中心的であったりするが、総じて知的であり、感性が豊かである。テーマの幅の広さと会話の質の高さはおそらく他のどのゲームを探しても匹敵しうるものはないと思われる。

さらにキャラクター自体も魅力的だ。というか、本作の魅力の大部分を締めているのがキャラクターたちだ。幼い見た目を武器にセックスワークを営むアンドロイドのドロシー、敏腕美人ハッカーのアルマ、破滅的なストリーマーのすとり~みんぐチャン。悪徳ウェブメディア編集長のドノヴァンからクールな殺し屋のジェイミーに、風変わりな謎掛けを行うヴァージリオ。キャラクターデザインのビジュアルセンスもさることながら、彼らの性格やバックボーンはどれひとつとっても退屈なものはない。非常に知的かつ緻密に組み立てられたキャラクターたちは、ドノヴァンやイングラムといったとても好感を持てそうにない人物ですら、ゲームプレイをしているうちに気になってくるほどだ。

VA-11 HALL-A レビュー
世界観は会話だけではなく、掲示板やブログ、ニュースといった様々な手段で語られる。

さらにキャラクターを取り巻く世界設定も実に魅力的だ。オープニングで物語られるように市民の体にナノマシンを注入することで成立した監視社会グリッチシティはあからさまなディストピアであるが、人々は健気にもたくましく生きている。彼らの活動は客との交流だけではなく、ジルのアパートで閲覧できるサイバースペース上の掲示板やブログからも断片的に伝わってくる。無能な政府と物価の上昇。理不尽な法律と朝令暮改の数々。最新のビデオゲームの話題から都市伝説。これらのほとんども物語の本筋には関わらないフレーバーではあるが、「VA-11 Hall-A」のキャラクターたちの実在感に確かに寄与している。

物語の構造上、ビデオゲームらしい美点も存在する。それはプレイヤーキャラクターのジルの存在だ。

これらのキャラクターや設定は確かに小説でも描けるかもしれない。しかしながら、様々なバックストーリーを抱えつつも、身体(ビジュアル)と精神(テキスト)のズレをうまく利用したプロットはこのレトロなアニメ調のビジュアルスタイルがあってこそのように感じる。さらに言えば、本作は物語の構造上、ビデオゲームらしい美点も存在する。それはプレイヤーキャラクターのジルの存在だ。

当初、プレイヤーはバーテンダーのジルの立場に立たされる。ジルのキャラクター設定は控えめに作られており、ビジュアルイメージもほとんど登場しない。結果、物語の序盤のジルは礼儀正しく、紳士的なバーテンダーのイメージそのものであり、やや堅苦しくそれほど面白いパーソナリティを持っているとは思えないのだ。どちらかと言えば、世界とキャラクターのお披露目なのだ。

VA-11 HALL-A レビュー
右の「Drink!」を押すとジルはビールをあおる。酒を(任意に)飲みながら会話するというゲームではまず遭遇しないシチュエーション。

ところがゲームの3分の1を終えた辺りで物語の焦点が意外にもジルに軸足を移し始める。具体的にはバーのボスであるデイナとのサシ飲みイベントが決定的な転機となるのだ。相手の会話のテンポに合わせてビールを飲むことは現実ではありがちだが、ゲームでは前代未聞だ。気まずい空気をごまかすためにビールを飲むという不思議な状況を通じて、プレイヤーはジルという”特殊”な存在に気付かされるのだ。今までただのアバターとしか見てなかった存在が急に生々しく立ち上がってくる瞬間。それはおそらくゲームにしかない感覚だ。

この物語は普遍的な人間の問題を扱ったもの。いわば、私小説のようなパーソナルなもの

前半部の良いアクセントであるこのイベントを通じて、プレイヤーはジルを通してパーソナルな問題に目を向かされる。もちろん、常連たちとの卑猥で雑多で知的な会話は続いている。だが、あくまでも物語の本質はジルの過去の問題の解決という部分に収斂していくのだ。とはいっても、サイバーパンクのガジェットの数々や露骨な猥談の数々が無駄であるというわけではない。それはジルの問題を理解するためのヒントでもあるし、その切なさと尊さを引き立てる絶妙なリキュールなのである。

物語の終盤、プレイヤーは気づくだろう。この物語は普遍的な人間の問題を扱ったもの。いわば、私小説のようなパーソナルなものだということに。プログラマーかつライターをつとめたフェルナンドの発言を借りれば、「世界レベルでどんなに大問題が起きていても、人間は自分の中の個人的な問題を大きく感じてしまう」。様々なキャラクターと話題が目まぐるしく移り変わる本作だが、その中心にはジルがいてあなた自身がいるのである。対照的にボスのデイナや同僚のギリアンといったジルの一番そばにいるキャラクターの内面はあまり深掘りされない。むしろ彼らはコメディリリーフとしての役割を果たすことで、ジル自身のストーリーを鮮やかに浮き上がらせている。

もちろん、本作の魅力はレトロスタイルのピクセルアート、キャッチャーで破天荒なキャラクター、ウィットの効いた会話や世界観、素晴らしすぎるサウンドトラックと様々な点をあげることができる。しかしながら、ベネズエラという馴染みのない国から登場したのにもかかわらず、本作が単なるファッション的なトレンドを超えて世界中で受け入れられているのはその根幹にあるストーリーがゲームらしい叙述で描かれ、普遍的で、エモーショナルで現代のゲーマーの共感を勝ち取ったからではないだろうか。