長編アニメ「夜は短し歩けよ乙女」を4月7日に全国公開したばかりの湯浅政明監督とアニメスタジオのサイエンスSARUが、それから2ヵ月も経たずに新たな長編映画を世に届ける。5月19日に全国公開となる「夜明け告げるルーのうた」である。

両作品は、ほぼ同じ時期に、同じ監督、同じスタジオで制作された。制作手法はいずれもフラッシュアニメーション。シンプルな線で描かれたキャラクターたちが、時として驚くべきデフォルメをされ動き出す。湯浅監督の持ち味は共通だ。

にもかかわらず、作品の趣はかなり異なる。むしろ、ほぼ同時にリリースされるからこそ、作品づくりを大きく変えるのは当然なのだろう。湯浅監督の表現者としての手札の多さを感じさせるのに十分だ。

「夜は短し歩けよ乙女」は、森見登美彦の原作の味わいと、中村佑介のスタイリッシュなキャラクターたちがどこかスノッブな雰囲気を漂わせる。それに対して「夜明け告げるルーのうた」の映像とキャラクターは原初的だ。ねむようこ原案のキャラクターは素朴な味わいを残し、多くの人が昔から馴染み深い「アニメ」を感じさせる。

そして、ストーリー。「夜は短し歩けよ乙女」は合理性を求めない時間軸と空間軸が、アバンギャルドな印象を与え、それが心地よさになっている。一方「夜明け告げるルーのうた」のモチーフは、ファンタジーのなかでも伝統的な人魚と少年の交流だ。

夜明け告げるルーのうた

作品の魅力のひとつは物語の舞台にある。地球の隅々にまで近代化が行きわたり、ファンタジックな存在である人魚など存在できないと思える時代。それを成り立たせる仕掛けとして、都会から離れ、少し寂れた地方の町を選んだ。そこには携帯電話もあれば、インターネットを通じた動画投稿サイトもある。そんな現代のギミックを使いながらも、地方都市独特の小さくて密なコミュニティが、ありえないシュチエーションに説得力を持たせる。

主人公の中学生・カイは、東京からひなびた漁港の日無町に引っ越してきた。父と母の離婚がきっかけで、それゆえにカイは周囲に心を閉ざしている。カイの楽しみは自身が作曲する音楽をインターネットの動画サイトに投稿することだったが、同級生の国夫と遊歩に見つかるところとなり、彼らの組むバンド「セイレーン」に誘われる。それがカイに大きな転機をもたらす。

しぶしぶ参加したバンドの練習の場所となった人魚島に人魚の少女・ルーが現れ、3人と交流するようになる。しかし、セイレーンのライブにルーが姿を見せたことをきっかけに、日無町を揺り動かす大事件が巻き起こる。

夜明け告げるルーのうた

キッズファミリーにも楽しめる「夜明け告げるルーのうた」は、それを得意としてきたスタジオジブリ作品をどこか思わせる。実際にスタジオジブリに対するオマージュとも思えるシーンもあり、ニヤリとさせられる。

「夜明け告げるルーのうた」は、伝統的なキッズファミリー映画を、湯浅流に解釈するとこうなるといった答えなのである。「人魚」、「田舎町」、「少年の成長」、ファンタジー物語でありふれた題材が、ここでは湯浅監督ならではの表現に生まれ変わる。

大きな要素となるのが、作画と音楽だろう。全編にわたり巧みなアニメーションの動きと音楽の楽しさが溢れている。とりわけカイ、遊歩、国夫にルーを交えたライブシーンは圧巻だ。ルーの歌声と共に、全ての登場人物が魔法にかかったように踊り出す。キャラクターは抽象化され、全体がひとつの生き物であるかのような見たこともない動きを作りだす。間違いなく、日本のアニメ史上にも残る名シーンになるだろう。

夜明け告げるルーのうた

ただひとつ注文をつけるとすれば、主人公のカイについてだ。心を閉ざし、言葉が少なで、素直になれないカイは「思ったことを言葉にしよう」という作品のテーマに沿ったキャラクターだ。一方で、カイが遊歩に浴びせる冷たい言葉の数々は、思ったことを口にできないとは反対の印象を観る者に与える。カイの内面が充分に汲み取れず、物語の軸になるカイとルーの信頼関係、絆を曖昧にする。なぜルーはそこまでカイになつくのか、それは単純にカイの音楽に惹かれただけなのか?

もちろんここで宮崎駿の作品に出てきそうなもっと前向きな少年少女たちを、登場させることも出来たはずだ。そこがそうならないところが湯浅の個性でもあるのだけに、難しいところではある。

本作は6月12日よりフランスで開催されるアヌシー国際アニメーション映画祭の長編部門のコンペティションに出品される。発表時期が近いこともあり、おそらく映画祭には「夜は短し歩けよ乙女」もエントリーしたはずだ。そのなかで映画祭が「夜明け告げるルーのうた」をピックアップしたのは、より湯浅政明らしい作品との評価があったからだろう。

日本だけでなく、海外にも熱心なファンを持つ湯浅監督だけに、「夜明け告げるルーのうた」がここでどう評価されるのか。2017年の日本アニメ作品のなかでも、群を抜いた本作の海外の反応も気になるところだ。

「夜明け告げるルーのうた」は5月19日(金)全国ロードショー。配給:東宝映像事業部
(C)2017ルー製作委員会